カメラがあって当たり前の世界

カメラの変化

カメラとは何か?
その問いの答えは、時代によって変わってきます。

 

現代でいうカメラとは、写真や映像を撮るための道具を指します。
写真や映像の起源は、光の像です。
これを何かに記録するための手段が、カメラとなったのです。

 

光の像を何かに写すという行為は、11世紀にすでに実現されていました。
小さな穴を通った光を利用して、外の景色を壁に写すピンホールカメラといわれるものです。
このシステムをさらに発展させたカメラ・オブステラが、15世紀に発明されます。
これは、光の像を何かに固定させるためではなく、天体の観察や、絵画の下絵を描く目的で使われていました。

 

現代でいう写真は、石版画の手法を利用したニエプスによって、初めて撮影されます。
撮影には8時間かかり、とても手軽とはいえる代物ではありませんでした。
ニエプスの発明から数年後、ダゲレオタイプという写真撮影の方法が生まれます。
ダゲレオタイプの欠点は、複製が出来ない事でした。
この欠点をカバーしたのが、カロタイプです。

 

ポジとネガの2枚を用いた、フィルム写真の原型ともいえるカロタイプが生まれたことで写真の複製が可能になります。
今まで貴族のように限られた人々しか扱えなかった写真が、大衆的なものへと変化を遂げる第1歩となったのです。

 

その先陣を切ったのが、ジョージ・イーストマン。
彼は、現在でも有名なカメラメーカー、コダックの創始者です。
複雑な操作がいらず、スイッチ1つで写真を撮れるカメラは、瞬く間に大衆へと広まっていきます。
イーストマンは、最初は鞄ほどの大きさだったカメラを、小型化することにも成功しました。
また、フィルムの発展は、映画撮影の技術を生み出し、映像の記録を可能としたのです。
 

「より使いやすく」を目指す

イーストマンによって開拓されたカメラ市場の流れに乗ってエルンスト・ライツは、さらに使いやすいカメラの製作に尽力しました。
第一次世界大戦の影響で数年遅れたものの、ライツは1925年にライカの生産を始めます。
オスカー・バルナックのような優秀な技術者の協力のもと、今までは映画用だった35mmフィルムを利用した小型カメラを生み出したのです。

 

ライカに負けまいと、コダックも新たなカメラを開発します。
レチナといわれるコダックの新カメラは、高品質なレンズやシャッターと低価格を両立させました。
当時のカメラメーカーでは、コダック、ライカ、コンタックスという3社がしのぎを削っていました。
その中でもコダック産のレチナは、ライカの約半額、コンタックスの約4分の1の価格に抑えていたというから驚きです。

 

より使いやすくという流れの中でも、一眼レフカメラは根強い人気を保ちながら発展していきました。
一眼レフカメラの利点は、撮影される像を確認できるという点です。
鏡などを搭載するため、重量は大きくなりますが、より正確にピントを合わせることが出来ます。
1890年代には箱型の一眼レフカメラがすでに完成しており、イギリスやアメリカで作られていました。
第二次大戦中のドイツでは、ロール式のフィルムを用いた一眼レフカメラが開発されます。

 

35mmフィルムを使用した一眼レフの生産はソ連が最初です。
大戦後、コンタックスはペンタプリズムが搭載されたカメラを開発し、カメラ内の像が、実際の像とほとんど同じになります。
その後、20世紀後半にかけて、カメラのデジタル化が進み、現在に至るのです。
 

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